デッテッテ テレッテレテッテ
デッテッテ テレッテレテッテ
映画「ラ・ラ・ランド」
みなさんこんにちは。田中泰延です。ひろのぶと読んでください。青年失業家の僕が映画や本、音楽などのエンタテインメントについてお話するというこの連載。
知ってますよね。僕、先週この連載落としたんですよ。すみません。書けませんでした。
経緯を報告します。
記
まず、2017年2月25日。
僕は原稿を納品したつもりでいたのです。
街角のクリエイティブ
編集部小野様田中泰延のエンタメ新党
(3月15日掲載文)
校正済原稿納品します。
(以下本文)ふだん無職の僕が自腹のこの連載。
今月は「ラ・ラ・ランド」観て来ました。
号泣や号泣!!ぐおー!!
では、また来月!
(以上本文 51文字)
— 田中泰延 (@hironobutnk) 2017年2月25日
ところが2日後、意外な事実が判明したのです。
【お詫び】 3月の「田中泰延のエンタメ新党」で書いていた映画「ラ・ラ・ランド」の話ですが、僕が「ラ・ラ・ランド」だと思って観ていた映画が実は「相棒-劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人!特命係 最後の決断」だったことが判明しましたので、一旦公開を中止いたします。
— 田中泰延 (@hironobutnk) 2017年2月27日
衝撃でした。そのあと、本物の「ラ・ラ・ランド」を観たんです。観たんですけど、これがなかなか書けない。ついに3月15日、謝罪文を掲載するに至ります。
ラ・ラ・ランド 執筆中【読切】田中泰延の謝罪文https://t.co/MUZwiInxDH#街クリ pic.twitter.com/nCYYFb1wEY
— 街角のクリエイティブ (@machi_creative) 2017年3月15日
理由は、複合的でした。WBC、トランプ政権、地球温暖化、電磁波、イルミナティ、宇宙人、その他いろいろです。でもそれらの影響を遮断できなかった僕が電磁波的に悪いのです。
こんなご意見もありました。
土下座画像でないだけ西島編集長は優しいなぁ/ラ・ラ・ランド 執筆中【読切】田中泰延の謝罪文 | 田中泰延 | 街角のクリエイティブ https://t.co/moSpHB1Sh6
— かふぇ氷 (@cafeseaside22) 2017年3月15日
いえ、『街角のクリエイティブ』編集長・西島さんはそんな生やさしい人ではありません。すぐさま僕は西島さまのところへ懺悔のために馳せ参じました。
告解する僕。そして教皇のように赦免を与える西島さま。
許された僕は電磁波的な問題をなんとか解決し、本日を迎えました。ええ、水曜日にアップしますと書いていたが、今日は木曜日? なに言ってるんですか。僕は今これを日付変更線ギリギリの島、アメリカ領ハウランド島で書いてるんですよ。いまは日本では木曜夕方7時かもしれませんがこちらハウランド島ではまだ水曜の夜11時です。「ハウランド島は無人島」とウィキペディアに書いてありますけど気にしないでください。僕ひとりでも人間がいれば無人島ではありません。
さて、みなさん。お前らこんなに待ってやったんだから「ラ・ラ・ランド」観ましたよね! もうめちゃくちゃ観ましたよね! 予告編よりこっちを!
映画「ラ・ラ・ランド」オリジナルmusic PV
Reference:YouTube
もう僕、
出典:IMDb
デッテッテ
テレッテレテッテ
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で頭いっぱいですよ。観て1ヶ月も経つのに、気を抜くと
デッテッテ
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テレッテレテッテ
デッテッテ
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なんですよ僕。みなさんはどうですか?
“Another Day of Sun” Sheet Music for Piano
オープニング曲のピアノのイントロがもう頭から離れません。
監督はこの映画でアカデミー賞監督賞を史上最年少で受賞したデイミアン・チャゼル、32歳。僕も前作「セッション」の話をいろいろ書きましたけど、あれを作ったのは29歳のときだったわけで、すごいですね。
出典:IMDb
今回、アカデミー賞作品賞を逃して、さらにそれがまた前代未聞のハプニングだったりして大変でしたけど、「そのうち必ず作品賞も獲るからまぁいいんじゃないの?」っていう空気すらありました。
主演、セブとミア役には、ライアン・ゴズリングとエマ・ストーン。
「ラ・ラ・ランド」は計6部門でオスカーに輝きましたけど、エマ・ストーンはこの映画でアカデミー賞主演女優賞を獲得。「バードマン」の時はまだカワイイ〜って感じでしたけど、すっかり大人になりましたね。
この役、エマ・ワトソンがやるはずだったんですよね。二人のエマの運命も交差したんですね。
ライアン・ゴズリングは、「ドライヴ」とか「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」とかかっこいい役いろいろありますけど、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の「オンリー・ゴッド」、もうめちゃくちゃ変な映画で、いいんですよ。人を殺しまくるタイのヤクザの親分が人を殺すたびにカラオケで熱唱するだけという、これ書いてて嘘だろと思うでしょうけど本当にそんな変な映画なんです。ぜひ観てください。
出典:IMDb
で、観た人はわかると思いますけど、とにかく、この2人だけの映画です。
出典:IMDb
2人の話なんですよ。徹底して。
おまけとして、「セッション」で鬼教師・フレッチャーを演じてアカデミー助演男優賞を獲ったJ・K・シモンズが出て来ます。
出典:「ラ・ラ・ランド」予告編
もうこの人は以後のデイミアン・チャゼル作品に全部出てくるかもしれない、そんな勢いですね。すんごいちょい役で出て欲しいですよね。「やっぱ出てるわ」って。
・・・それにしても観てから1ヶ月してもなんにも書けませんでした。なんでこの映画について書けなかったかというと、書いてどうする? という気持ちが強かったんですよね。これはミュージカルです。人が歌って、踊る。なんの理屈があるんでしょう。
あと、賛否両論あるのも、まぁ、わかります。今回は、なんで書けなかったか、なんで何度も断念したかを書こうと思います。日本一正直な映画評論と呼ばれているだけあります。呼んでいるのは僕です。
出典:IMDb
書けない理由は、いくつかありました。
過去作へのオマージュをあげつらってもしょうがない
この映画は、過去の名作やミュージカル映画を下敷きにした引用、オマージュだらけです。
出典:映画.com
出典:Amazon
出典:IMDb
しかも、「ミュージカルって急に歌って踊って変だよね?」っていう、2017年初めてミュージカルを観るような人にもたとえば、タップダンスを踊る前にタップシューズにわざわざ履きかえるギャグというか、エクスキューズを入れてるから恐れ入ります。
出典:IMDb
なので、いろいろ入ってる具材を、教養というか、うんちくを語って、「これがわかんないとダメ」って言うとダサくなる類の映画なんです。だって「実は・・・」みたいな隠し味でもなんでもなくて「有名すぎる」映画を「正面から」映画を楽しくするために引用しているわけですから。語るようなウンチクではござらん。ああ困った。
あえて類型的にしている人物造形を批判してもしょうがない
典型的なボーイ・ミーツ・ガールの話です。ありふれた話だから、歌と踊り以外のややこしい人間性を考えなくてもいいようになってます。
ミアが上昇志向強すぎるとか、すぐ男乗り換えるとか、感情移入できないとか、いろいろ言う人もありますが、そうしないと歌って踊って話が進みません。
これは夢を追う人たちの話で、【LALALAND】に住む愚か者の話だと、最初の歌で宣言してますから。【LALALAND】は、俗語で「お花畑」ってことです。英語で「彼女はララランドの住民よ」って言ったら、夢を追うおばかさん、っていう意味です。
劇中の『CITY OF STARS』でも切々と歌われるじゃないですか。LAがどんなところで、俳優やミュージシャンを志すというのはどんなことか。何もかも含めて、前提なんです。なので、2人しか出てない映画の2人の人物造形をああだこうだ言っても評論にならない。ああ困った。
恋愛経験についてわかるわからないの話をしてもしょうがない
類型的ってことは、普遍的ってことでもあります。ボーイ・ミーツ・ガール、2人の恋物語の甘くて切なくて苦い話は、まさに普遍的なんですが、これをわからない、もしくはバッドエンドやん! って言う人もたくさんいるんですよね。
(どうでもいいけど、この写真のシーン、ミアのプリウスは実家に置いて行っちゃいましたね。どうでもいいけど)
「ミアは別れて5年で子供は3才ぐらい? はやっ! 薄情かよ!」とかね。「パリとLAで遠距離恋愛しろや」とかね。
ここで飛びだすのが
「これがわかんねえってことは、お前さんは恋をしたことねえんだな?」
っていう寅さんみたいな言い方ですよね。
そらぼくは号泣しましたよ。号泣。
でもね、ぼくは47歳のいいおっさんですからね。これは「追憶」に関してのラストなんですよね。追憶は、後で振り返るから美しいんであって、いま現在恋愛に悩んでいたり、これから交際や結婚に希望を持ってる人はちょっとイラっとするかもしれない。
まぁ、32歳のチャゼルが追憶を描けてるのがすごいんですけどね。
恋の頂点の夜の天文台とうって変わった恋の最後。真昼間の公園のシーンを思い出してください。
静かなシーンです。
MIA:
Where are we?
SEBASTIAN:
Griffith Park.
MIA:
“where” are we?
SEBASTIAN:
I know… I don’t know.
ミアは
「私達はどこにいるの?」
と訊きます。セブは「公園だよ」と言います。ミアは「そうじゃなくて、私たちは今・・・」と関係のことを訊きます。セブは「わかってるよ・・・いや、わからない」
MIA:
If I get this –
SEBASTIAN :
When you get this –
ミアは「if」を使って「私がこのオーディションに受かった、ならば」
つまり「私がパリに行くとしたら」といいます。
セブはそれを「When」を使って「君がオーディションに受かった、時」
つまり「君がパリに行ってしまう時」
言い換えています。
もう「if」と「When」の言い換えで、別れの確度が上がっています。
さりげなく決定的なんですよ。類型的な部屋での大げんかの、七面鳥? が焦げるシーンではなく、こっちが決定的で、僕のようなおじさんはここを思い出して泣くんですね。
美しい思い出のなかの元カノ・カレの話ですよ。「5年後」のさらに先からの視点なんですね。
でもこれを、お前ら若いもんにはわかるまい! って話をするとダサくなるんですよ。ああ困った。
音楽は好き嫌いなんで説得しようがない
「セッション」を観て、チャゼル監督は音楽が好きじゃないなんじゃないかと思ってた自分、謝りました。
とにかくこのサントラ、僕は好きです。何百回も聴いてしまいました。
作詞・作曲のジャスティン・ハーウィッツ。そして作詞のベンジ・パセック、全曲オリジナルです。とにかく僕は好きです。
楽しいんですよ。たとえば『Someone In The Crowd』、問答無用で好きです。
出典:IMDb
泣けるんですよ。たとえば、『ミアとセバスチャンのテーマ』。
Mia & Sebastian’s Theme
Reference:YouTube
糸井重里さんは、こうツイッターでおっしゃってました。
「ミアとセバスチャンのテーマ」が、竹内まりやの「駅」とかサンタナの「哀愁のヨーロッパ」でおなじみの魔法のフレーズだったな。おれは、これに、ものすごく弱いのよ。『ランド』
— 糸井 重里 (@itoi_shigesato) 2017年2月27日
これね、ほんとに泣けるメロディーの黄金律みたいなもので、糸井さんご指摘の
カルロス・サンタナ 『哀愁のヨーロッパ』
Reference:YouTube
竹内まりや 『駅』
Reference:dailymotion
僕が思い出したのは、
上田正樹 『悲しい色やね』
Reference:YouTube
白い鍵盤だけで弾くと「ミラシ ドシ ラソファ」的な、もうこれが繰り返し出てくるだけでやられちゃいます。
そして圧巻はエマ・ストーンがオーディションで歌う、『Audition(The Fools Who Dream)』要はここでアカデミー賞主演女優になったわけですよ。
Audition(The Fools Who Dream)Emma Stone
Reference:YouTube
And here’s to the fools who dream
Crazy as they may seem
Here’s to the hearts that break
Here’s to the mess we make
歌詞がまたいい。
このエマ・ストーンの歌唱は、アン・ハサウェイが要はここでアカデミー賞主演女優になったこの歌唱を思い出すじゃないですか。
I Dreamed a Dream Anne Hathaway
Reference:YouTube
もうしかしこれはね、音楽だから好きか嫌いか、泣いたか泣かないかになっちゃって話がしにくい。ああ困った。
構造的に分析はできるけどそこを解説してもしょうがない
この映画は、歌とダンスのシーンが全てを超えて好き嫌いに訴えるぶん、それ以外は徹底的なシンメトリー構造になってるんですよね。もう一回見て、その構造と時間とカット数、正確に計ってみたいです。
こんなふうに、チャゼル監督は完璧なんですよ。チャゼル監督は、才気走ってて完璧主義者で、野望もあるんだけど、サービス精神というか、この美しいシンメトリーを観客にわかりやすく見せる気配り、優しい人なんだなぁと思いましたよ。でもそこが細かいからいい映画だといってもしようがないんだよなあ。ああ困った。
じゃあなに? って話で
困ってばかりですけど、じゃあ、どうなんだと言われたら何回でも観たいです。いろいろ言ってけっきょく印象批評かい! と言われても、今回は開き直ろうと思います。ああ困った。
それはやっぱり、最後の10分、いや、最後の10秒にどっとくるからです。
マエダショータさんはこう書いています。
『ラ・ラ・ランド』、泣いた泣いた。僕が言えるのはこれだけです。
いやー、映画って本当に素晴らしいですね。あなたのハートには何が残りましたか? さよなら、さよなら、さよなら・・・— マエダショータ (@monthly_shota) 2017年2月25日
映画評論家総出演コメントか。順番に水野晴郎、木村奈保子、淀川長治ですね。あとこれに小森和子が「モアベターよ」と言えば役満です。
僕がやっぱり泣いてしまうのは、これが、「一回しか生きられない人生」を余すことなく描いているからだと思うんですよ。
Another Day of Sun、太陽はまた昇る、だけど、人生はいちどきりです。誰にとっても。
一回しか生きられない我々の人生での究極の体験は、出会うこと、恋をすること、だと思うんです。別の人生を、受け取ること。
一回しか生きられない我々の人生への究極の反撃は、表現すること、創作すること、だと思うんです。別の人生を、生きること。
その一回性の中で、恋に賭ける生命と、表現に賭ける生命を、両方が渾然となった形で、あの響いて消えてしまう空気の振動、つまり音楽と、あの大気に弧を描いて消えてしまう軌跡、つまり踊りで観せつけられたら、そら、泣きまっせ。
それがミュージカルじゃないですか〜。もおお〜。
隙あらば耳に響いてくるからもうどうしようもないんですよ。
デッテッテ
テレッテレテッテ
デッテッテ
テレッテレテッテ
デッテッテ
テレッテレテッテ
デッテッテ
テレッテレテッテ
また聴こえてきた。ああ困った。
しかし、ほんとこれ観て失敗したわ。こんなん書きようないわ。さんざん原稿落として延期して、最後「大好き」で終わってしまいました。
でもね、いつか、どこかの感じのいい飲み屋に入る、そしたらお店のモニターに「ラ・ラ・ランド」が映っていて、あの2人が踊っていたら・・・うれしくないですか?
僕はうれしいです。